生きる大切さ
自殺した霊は、あの世に行ったら存在する所がありません。一番の底に行かなければならないのです。皆さんも、世の中のあらゆることが面倒になるとき、一度死にたいという思いがーーーーーー。
なぜですか? 罪を犯したくないからです。先生もそうでした。ふらふらと生きながら老いて死んで行ったり、罪を犯すよりも、花咲く青春時代、花が咲く前、いちじくの木がアブラムシに花を食べられる前に、つぼみが出ようとするときーーーー。一年のうち十か月を経て実を結ぶことができるのですが、それもほんの少しの間しかないというのです。
ところが、実を結ぶことができずに永遠のあの世に行けば、孤独単身で悲惨なのです。
自殺した霊たちは、霊界での存在性がありません。それを知っている文総裁はいくら監獄に行き、いくら拷問を受けても、たたかれて死ぬまでは死んではいけませんでした。なぜ死ぬのですか? 死んだら大変です。どうやって地獄を撤廃するのですか?そのような深刻な問題です。(真のお父様のスピーチより 2009年8月16日 天正宮博物館)
自殺率をみると韓国が2位、日本は17位、私の住んでいるアメリカは50位です。
どうして真の父母様の祖国である韓国が2位?
霊界の存在を知っていても自殺します。二世も。
自殺した人がどれほど苦悩していたのかは他人には分かりません。なんとか生きる道をみつけてほしかった。
お父様は死んだらどれだけ楽かと思える激しい拷問を受けても死ぬことはできませんでした。
人は困難に負けないで、倒れないで生きているだけでもたいしたものです。神様がくださった一つしかない生命です。大切にしましょう。
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