honkyouomotometeのブログ

一度きりの人生、あともどりもできない。
今日ベストの歩みができたらいいなあ。
思ったことを書いていきたい。

あなたたちの家庭から将軍が生まれるだろう

姸雅様のメッセージより


以前、新聞で、ある牧師のインタビューの記事を読んだことがあります。そのかたはこのように言われました。”私は百歳になっても、一生を主に侍って暮らすと言っても、私はあしたユダになりうる”。 あした、私は主を裏切る人になりうるということです。そして、”だから、私はきょうも祈祷するのです。そして私自身を警戒します” と言われるのです。私は、牧師として、公職者として、このような姿が本当に必要だと学ぶようになりました。
”二世には原罪がない” という教育を受けて育った私が、聖霊治療礼拝を通して、罪人であることを悟るようになりました。どのような罪からどのように逃れたのか、ということではなく、日常生活で私自身の姿を振り返ったとき、完璧で善なる神様から遠くにいる罪人であることを感じて、悔い改める契機になったのです。
そのお話を少ししようと思います。私が生まれるもっと前のことです。真の父母様が七七七家庭の祝福をしてくださるときです。私の父と母は約婚するために立っていました。父母様が ”受けるのか、受けないのか” と母にお聞きになったそうなのですが、父は母よりも背が低かったので、そのことが気になったのか、母はただ黙っていたといいます。父母様が二回目に聞かれたときも母は黙っていました。三回目、父母様は声を高めて、”本当に受けるのか、受けないのか” と聞かれるので、母は ”受けます” と従ったといいます。
そして、父母様は、 ”あなたたちの家庭から将軍が生まれるだろう” と祝福を下さったそうです。母はそのみ言を受け止め、家庭を出発して牧会者生活もしましたが、生まれてくる子供は一人目、二人目、三人目の私まで皆、娘でした。


母は、 ”お父様は将軍が生まれると言われたのに、どうして娘ばかり生まれるのだろう” と悩んだといいます。でも父母様が言われたことなので、間違いなく将軍が生まれるだろうと信じて、私と五歳離れた弟を生みました。ご存じのかたも多いと思いますが、その弟は健康体で生まれてくることができませんでした。
私は幼いとき、 ”真のお父様は将軍が生まれるとおっしゃったのに、どうして弟がこのように生まれてきたのだろう” と、深く悩みました。
弟は一般の中学、高校に通いましたが、その中で難しい状況に直面することが多くありました。弟が中学生のとき、髪の毛と眉毛を全て刈られて帰ってきたことがありました。母は学校に訪ねていきましたが、それでも弟を受け入れてくれた学校なので、強く抗議することもできませんでした。母は夜、息を殺して泣きました。
あるときは、弟がゲームにはまって、母がたんすにしまっておいた一ヶ月の生活費をゲームセンターで使い切ってしまったこともありました。そのとき、母は弟をつかんで泣きながら、 ”一緒に死のう” と言うくらい、本当にたくさん苦しみました。
そのような中で私は、 ”どうしてお父様は将軍が生まれるというみ言を下さったのだろうか” と思いながら、自分でも知らないうちにお父様を恨む心を抱いて育ったように思います。”どうしてそのようなみ言を下さって、私たちの家庭にこんな大きな不運をお与えになるのだろうか”。
そして、”どうして私は善良に暮らさなければならないのだろうか” と思うようになりました。”どうして私はいつも善良に暮らさなければならないのか、どうして善良に暮らそうと努力しなければならないのか。私がばかなのだろうか。こんなに悩みが多いのに、外からは善良であるように見られようと努力することは、偽善者ではないだろうか” と考えもしました。また、”私が教会で生まれて、これしか知らなくて、ここから出ていくことが怖いから、地獄が恐ろしいからだろう” とも考えました。
結局、私は、勇気がなく、これ以外のことが分からないばかだから、こうやって暮らしているんだ、という私なりの結論を下すようになりました。
(続く)
[姸雅様のメッセージより  2011年2月13日 韓国 天福宮大聖殿)




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